本日も千鳥足


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明治時代の北海道では南下政策をとるロシアとの対抗上軍用道路が急ピッチで建設された。札幌から大雪を越え網走市に達する中央横断道路(北見道路。端野まではほぼ、後に開通した石北本線に沿っている)もその一つである。この道路は網走刑務所と空知監獄の囚人約1000人を使役して建設され囚人道路と呼ばれた。明治政府は年内に160kmを完成させよと典獄に厳命し、石狩北見間が1891年5月着工、12月には完成した。一方、劣悪な環境と深夜に及ぶ苛酷な労働によって、212名に上る囚人の死亡を結果した。逃亡しようとしたものは「タガネ」を用いて罰した(耳に穴を開け、足と耳とを鎖で結ぶ)。
鎖塚はこのようにして死んだ囚人工夫の上に土をかぶせてできた土まんじゅうで、かつては多く見られたが、開拓と共に減少した。。


そんな鎖塚を訪問してきました。
日の出前に出発。
DSCN3492.jpg
いい日の出に出会いました。
久しぶりの日の出。
いいですね。結構日の出好きです。

網走へ行く道沿いにあったのです。
鎖塚が。
冒頭の紹介どうり。
皆さんのおかげで道が出来ました。
DSCN3493.jpg
DSCN3494.jpg
DSCN3495.jpg
DSCN3496.jpg
付近にある地名呼人。
本来は

アイヌ語の「イ・オピ・ト」(別れ出ている湖)に由来し、網走湖の地形に起因するものとされる。


でも地元では鎖塚や網走刑務所で亡くなったひとが呼ぶから呼人らしい。。。

こちらは能取岬。
きれいな岬です。北海道はアイヌ文化が地名になっている所が多いのです。
アイヌの方々も民族として受け入れるべきと思いますが
簡単ではないようです。
DSCN3497.jpg
世界平和は民族紛争をなくす事。
多分今のところ無理ですが
いつかはみんな仲良くしてほしいモンです。




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